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こころを包むスピリチュアル手帳

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乱れる波



春の雨がビルの窓を濡らしていた。
会議室の空気は湿り気を帯び、重く淀んでいる。

「この案、もう少し現実的に考えよう。」
上司の声が響き、誰かが小さくため息をついた。

希の提案は、いつの間にか会話の波に飲まれて消えていった。
言葉が届かない。胸の奥に、冷たい波が立つ。

そのとき、斜め前に座る裕司の視線が、ふと希に触れた。
彼は何も言わなかった。ただ静かに、目で“わかっている”と伝えた。

それだけで、張りつめた心が少し緩んだ。
けれど、仕事が終わる頃には、また胸の中がざわついていた。

夜。
希は茶室に座り、静かに湯を沸かした。
柄杓を持つ指先が震え、湯の音がかすかに高ぶる。

「心が乱れると、湯も乱れるんだね……」

その小さな呟きが、湯気に溶けて消えていった。

第二章 光を含む湯気のように

翌朝。
師匠の茶室は、薄い香と朝の光に包まれていた。

師匠は希の顔を見て微笑む。
「あなたの湯の音が少しだけ高ぶっていたわ。波が立っている証拠ね。」

希は俯いて息を吐いた。
「職場で、人の気持ちに飲まれてしまうんです。
 空気を感じすぎて、自分がどこにいるのかわからなくなる時があって……」

師匠は茶釜の湯を指差した。
「見てごらんなさい。湯気の粒が光っているでしょう?
 あれが波動よ。乱れても、また整う。
 人の心も同じ。意識を戻せば、波は光に変わるの。」

その言葉に、希はふと息を呑んだ。
湯気が金色に揺れ、茶室の空気がやわらかく震えている。

——私の波が、私の世界をつくっている。

その気づきが、胸の奥で静かに灯った。



日が少し長くなった頃、裕司が希に声をかけた。
「この前の企画、君の案をもう一度見直してるんだ。」

希は驚き、顔を上げた。
彼の目は、以前よりも深く、澄んでいた。

「……あのとき、何も言えなかったけど、俺はいいと思ってた。」
その一言が、胸に静かな波を広げた。

二人はランチに出かけ、ふとした拍子に趣味の話になった。
希が「茶道」をしていると話すと、裕司は少し目を丸くした。
「俺、大学の頃に体験したことある。静かで、怖いくらい綺麗だった。」

希は微笑む。
「“怖いくらい”というの、わかります。
 あの静けさの中では、心の波が全部見えてしまうから。」

二人の間に、言葉のない共鳴が生まれた。
まるで、異なる水面が一瞬、重なって響くように。

第四章 風の中の稽古

それから数週間後、裕司は希に言った。
「もしよかったら……そのお稽古、見に行ってもいい?」

日曜の午後、薄曇りの空。
小さな茶室の前に立つ裕司の姿を見て、希の胸は高鳴った。

「どうぞ、お入りください。」
畳の上に一歩足を踏み入れた瞬間、裕司の表情が変わった。

「……空気が違う。」
「ええ。ここは“波の庭”です。」

希は微笑みながら、静かに湯を注ぐ。
湯気が立ちのぼり、金の粒が空気の中に溶けていく。

裕司はその光景に息を呑んだ。
——音がないのに、心が震えている。

「どうして、そんなに穏やかでいられるの?」
裕司の問いに、希は少しだけ目を伏せた。
「心の波を整えるの。外の世界を変えるんじゃなくて、
 内側を静めると、世界も優しくなるんです。」

裕司はしばらく黙っていた。
その沈黙さえも、茶室の呼吸のように感じられた。

春が終わりかけた頃。
二人は仕事帰りに、川沿いの道を歩いていた。

夕暮れ。水面が金色に光る。
風が髪を揺らし、沈黙が心地よい。

「君に会ってから、不思議と焦らなくなった。」
裕司がぽつりと呟いた。

希は足を止め、彼を見上げた。
「……波が、整ったんですね。」

彼は笑って、「そうかもしれない」と言った。

ふと、希の指先が風に触れた。
その瞬間、風が二人の間を通り抜け、
桜の花びらがゆっくりと舞った。

その一枚が、裕司の肩に落ちた。
希はそっと手を伸ばして取る。
その手の温かさが、指先から胸へ、胸から波のように広がっていった。



初夏。
希は師匠から正式に茶名を授かる日を迎えた。

茶室には裕司の姿もあった。
彼は静かに座し、湯気の向こうで微笑んでいた。

点前を終え、希が茶碗を差し出す。
「どうぞ。」

裕司は両手で受け取り、目を閉じて一口すする。
湯の香りが静かに広がった。

「……あたたかいね。」
その一言に、希の胸が震えた。

——あの日、乱れていた波が、
いま、静かに光へと戻っていく。

茶室の外には、風が吹き、
庭の緑がさざめいている。

希は思った。
波動とは、目に見えないけれど確かに触れ合う“心の音”。
そしていま——
二人の波は、ひとつの庭に調和している。

月の光が障子に映り、
その淡い影の中で、二人はそっと微笑み合った。

それは恋ではなく、祈りのように静かな、
永遠の“共鳴”だった。

177.png美しく生きるための、右脳プログラム

by yoshian-t | 2025-10-31 21:46 | ◆ 右脳と波動